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2005年11月23日

『 VIVA!龍王峡! 』

hiroshiです。

僕が入院している事をしんさんがばらしてしまったので、
仕方なくコメント・・・
あ~手術しんどかったー。
そのしんどい病室での模様は一番最後にのっけるとして…
入院するちっと前に、鬼怒川温泉に行ってきたぜー!
なかなかいいホテルで上機嫌。あんよをブーラブラ。。

あんよをブーラブラ.jpg


まぁホテルの話しは別にどうでも良くて、
僕が話したいのは次の日に歩いた龍王峡での話し。
特に何て事のない普通の森なのだが、
これまたあちらの世界は紅葉で今大変な事になっとる訳でして。。。

1こんないい眺めの中に….jpg

僕のテンションもこんな感じで絶好調な訳であります。

2何故かバッター.jpg

w。アホみたいな顔になってる。
と、
しばらく道に迷いながらも歩いて行くと、「浜子橋」なる橋が見えてきました。

4問題の浜子橋.jpg

何も気にせず橋に踏み入り、おもむろに下を見ると…
「やや、なんと!」

3足がすくんだ.jpg

「スッゲーこえ!何これ!」と足もすくんで動けなくなるほどの高さだった訳です。
何と言うか、
理論的に考えれば絶対安全なのに、
何かの拍子で自分が落っこちてしまうのではと錯覚してしまうほどの迫力。
恐るべし浜子橋。。。


 しばらく行くと山道はグングン険しくなり、すれ違う人々の数も減っていきます。
そんな中、誰がこんな事をしたのか、
山の傾斜面に上からゴミを積んだトラックの荷台を引っくり返したかのような跡があって、
辺り一面ゴミだらけでした。
悲しかったなぁ。
でもいつか分かる日が来るんだろうなぁ、その人も。
僕も昔はゴミのポイ捨ての何が悪いのか、本気で分からなかったもんな。
僕が分かるようになったのは、10年位前、尾瀬の燧ケ岳という山のふもとにある、燧小屋という山小屋でバイトをしたのがきっかけで、標高2300Mをゴミを拾いながら上り下りを毎日した。
辛うじて人の心を持ち合わせていた僕は、その毎日にゴミを捨ててはいけない理由はいらなかったし、拾わなければいけない理由もいらなかった。
まぁ当たり前の事を偉そうに言ってしまったが…
このゴミを捨ててしまった人が、再び龍王峡に訪れ、心に深いキズを負うのは免れないだろうね。

5ゴミ.jpg

いつまでもつっぱって生きてたって面白くねーもんな。。。

とにかく『 VIVA!龍王峡!! 』って事で一旦幕を閉じます~パチパチ~。。。


 はい、最後に入院中の僕のしんどい様子をお届けいたします。

骨髄移植終了.jpg

                ダッル~w。。。

2005年11月21日

【お知らせ】

shinji です、みなさんいかがお過ごしでしょうか。

 相方のhiroshiがただいま入院加療中でございまして、年内はライブがございません。
ALASKAを愛して下さっている方々、年明けにはガンガンに活動していきますので、引き続き
応援よろしくお願いいたします。

かっさん、早う復帰してや!(みなさんも、なにか一言よろしくお願いします)コメントまってまーす。

2005年11月16日

『 ハロウィンライブにて 』

hiroshiです。

そういえばまだ一度も楽器を持っているところをアップしてなかったので、はってみましたー。
しんさんファンの人達は「コメント」でねだってみてください、もしかしたらしんさんもいいのアップしてくれるかもよー、ププッ。

DSC01291.JPG
なんだろこれ、「オービンボー!」かな。


DSC01324.JPG
無事、2時間ブッ通しライブ終了ー!
「おつかれー」って感じで珍しく優しい表情。。。
ビールがうまかったなー。

この日も20曲位やりましたピース。
(ちなみにアラスカの曲数は正確に数えた事無いけど、ザッと50位かな。。。)

2005年11月14日

『 妹 』

  hiroshi-over.jpg  唄と踊りと電子ギター、のなかひろしの【 シリアス 】ブログスタート。。。


昨日妹の結婚式があった。

2ヶ月前・・・
「お兄ちゃん、私の結婚式で何かやってよ」
と言われ一つ返事で引き受け、
その日の夜に完成した名曲、『 妹 』
liveではほとんどやらない(でも結構やってる)けど、
リクエストがあればやるかも。。。



そうさ僕らが生まれたのは
あの踏切の横のとこだよ
いつも僕らは一緒だったな
泥だらけになるまで遊んだ
日が暮れ遊び疲れ 家に帰ると
鬼が二人待ってたね
でもさ 今では離れ離れ
君も立派な大人になったね
こんな色男つかまえちゃってさ
お兄ちゃんは嬉しいよ心から
今日は幸せの門出 みんなで祝うよ
僕のかわいい妹
お兄ちゃんの事はもう心配しないで
僕のかわいい妹




曲が終わり喝采を浴びながら、
妹に生まれて初めて僕は「綺麗だな」と言った。
妹は泣いていた。
僕も泣きそうになった。


「結婚式・写真撮影」.jpg


相手の家族みんなに凄く愛されていて、
久しぶりに会った妹はとても綺麗だった。
僕のかわいい妹、いつまでも幸せに。


   『 妹② 』

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2005年11月12日

『 その子が受けた恩恵 』

hiroshiです。

「俺あさっての日曜日、妹の結婚式で歌うんだー、でもすっごい体調子悪いの…どーしよ」と俺。
すると女の友達が、
「私も明日、友達の結婚式があるの」
「へぇー」
「だから化粧とかしなきゃいけないんだー」
その子は普段、目立って化粧をしない。
僕は何故かとっさに言ってしまった。
「しなよ普通にー、化粧くらい!」
言いながらその子が僕の言葉にひるんだらショックだなぁとか思ってた。
幸いその子は平然としていて、おまけにこう言った。
「化粧品持ってないの」
「えーなにそれ!」
僕は最後までその子に否定的だった。
本当は僕の中では全然問題ない事なのに、何故か僕は否定的だった。。。

今になって自分の言ってしまった事を後悔している。
それは相手が傷つくような事を言ってしまったからじゃなくて、
自分らしくない事を言ってしまったからだ。

人は、何処かで損をした時、
別の何処かで得が出来るようになっている。
「何であんな馬鹿なんだろう」と他人の損が目に付いた時点で
その人が受けている恩恵は見えないものだ。

『 言ってしまった事 』.jpg
あー風邪っぽい、ぐあい悪い。でも明日はカムデンでライブで、あさっては妹の結婚式…死ぬかもw

2005年11月09日

『 ALASKAモニュメント完成! 』

hiroshiです。

いきなりですが、カシスウーロンて美味い!ビックリした。
飲んだ事無い人は、「カシス+ウーロン茶か…」と大体の味の予想をつけて、「いらん。」てなるけど、これが絶対に想像出来ない味になってるんだなー。うまいなーホントはー。

 まーいーとして、今週の土曜、12日は楽しいカムデンライブですよー。
このライブでおそらく僕は、当分の間ライブができない体になるのではないかと思われ・・・
なのでハッスル全快で20曲位いきますヨロシク~(ちなみにいつもは15曲位)w。
お問い合わせは bossa@k5.dion.ne.jp まで。【¥500】

 あと来年早々から、フェイズ(高田馬場)、club251(下北沢)、シェルター(下北沢)、FatTime(柏)などへ、ガンガン騒ぎに行きますのでそれも応援ヨロシクですー。

 最後に、「男のバイブル」のレコが全然進んでません…最近あまりにも忙しすぎて、ちっと面食らってます(ホントは嬉しいw)。。。みなさん心待ちにしていてくれて本当にありがたいのですが、もうしばらく「summercamp」を聞いて待っていてくださいー。絶対に裏切らないスッゲーの作りますんでー。

ALASKAモニュメント完成!.jpg
友達が作ってくれましたーパチパチー。

2005年11月07日

『 秋の青空 』

hiroshiです。

久しぶりに早起きした。
窓を開けると空が素晴らしく晴れ渡っていて、楽しくなった。
蜂が部屋に飛び込んできて、しばらく中を飛び回っていたけど
「こいつも楽しそうだな」と放っておいた。

緩い風に紅葉まじかの柿の木が揺れている。
子供達が遠くで遊んでいる。
のどかだなぁ。

もう何年もずっと、この窓から見える風景は何も変わっていない。だが眺める度に心に感じる風景はいつも違う。手に触れる神経的な感覚、肉体的な感覚は歳をおう毎に鈍くなるが、心で感じる精神的な感覚は歳をおう毎に、深みを増していくのだと。自分の世界や思想にまで反映してくるのだと。
今日窓を開け、空の青さにまたそれを感じた。

部屋の窓から.jpg

2005年11月04日

『 カマキリ 』

hiroshiです。

何て醜いんだろう。
顔も体も心も表情も何でこんなに醜いんだろう。
醜いものが、より醜いものに「醜い」と言う。
その光景を見て又「醜い」と言う。
この連鎖は下へ下へ果てしなく続き、「美しい」の連鎖は上へ上へ果てしなく続く。
僕は美しくなりたくはないが、上へ行きたい。
やっぱり人を醜いと言うのは今日でやめにしよ。
自分を「醜い」と言えば全てを「美しい」と言えるんだから。
かまきり.jpg
僕はカマキリ。
いつでもこうして獲物を待ってる。
僕の獲物は綺麗な蝶々。
醜い僕は虫の王様。

2005年11月01日

『 1枚のお好み焼 』

hiroshiです。

その人がはじめてうちの店を訪ねたのは、もう10年も前の事だと母が言った。
「その時も1人で?」
「どうだったかしら…まだ独身の息子と一緒だったかな、50にもなる・・・」
「へーそーなんだ、その50の息子も良く来るの?」
「うーうん来ない、いつもおばあちゃん1人で毎月2回くるのよ」
聞くとそのお婆ちゃんは、来る度必ずお好み焼をテイクアウトで一枚買ってくそうで、一枚のお好み焼が焼きあがるまでの間(約15分)、母とお喋りをして帰るのだそうだ。
それを10年も続けているという。
普段絶対にお客さんと口を聞かない静かな母が、そのお婆ちゃんとどんなきっかけでそうなったのか、少し気になった。
何年か前に亡くなった自分の母の面影をそのお婆ちゃんに見ているのかと思った。
そういえば何となく亡くなったお婆ちゃんに似ている気がする。
何か切ない。
 いつもそのお客さんが来ると母に任せるのだが、今日は暇だったので母とそのお婆ちゃんがお喋りをしているすぐ横で、僕はテイクアウトの「はんぺんチーズ天」を焼いた。

ひったくりにあったらしい。
僕は聞き耳を立てた。

「ビックリして大声を上げたの、周りには誰もいなくて怖かったから…
走り去るその青年が可哀想で…私のせいなの、私がボケていたから…。
すぐに目を閉じ合掌して祈ったの。
『神さま、あの青年を助けてあげて、私がボケているせいであの青年を犯罪に走らせてしまったの。可哀想に…私のせいなの。』って」

母は泣きそうになっていた。そして母の表情はお婆ちゃんに安心感を与えている様だった。
お婆ちゃんは続けた。

信じられない話を聞いた。

「手を合わせていたらその青年、私からひったくったそのバックを返してくれたの、本当にうれかった。」

スゲーそんな事ってあんだー、ミラクル!

母はその青年に同情かけたお婆ちゃんの心に強く打たれていた。
そして僕はその話を聞き終わる前から実はもう泣きそうになっていた。
僕が聞いてたのは紛れも無く「お婆ちゃんがひったくりに合った話し」だった。
だが心で僕が感じたものは、「会いたかったわ、私はあなたが好きなの。こうしてもう少しだけでもいいから目を合わせていたいの、一枚のお好み焼が焼きあがる間。」だった。
切ない…
切なくて何かこう、まだ帰って欲しくないような変な気になった。
でももうお好み焼は焼き上がってしまった。
 「はんぺんチーズ天」をパックに入れビニール袋に包み渡すと、力無く立ち上がり僕に「ありがとう」と何回も言った。
母が見送りに玄関の外へ出ると、一度も振り返らずに狭い歩幅を静かにしっかりと歩いていった。
あの足では家まで30分はかかる、着く頃にはお好み焼はとっくに冷めてしまったいるだろう。
「大丈夫かな」
僕が聞くと母は
「大丈夫!」
と答えた。


そのお好み焼はお婆ちゃんの話しを聞いて、とても穏やかでふんわりとしていた。
僕は鉄板をかたずづけながら、もうとっくに冷めてしまったお好み焼を楽しそうに食べているお婆ちゃんの姿を想い、「ありがとう」と心の中でつぶやいた。


母.jpg